知られざるクロダイの産卵

2020年02月24日 18:18 　のべ竿イズム　 2

産卵期のクロダイは釣られやすい

クロダイの”のっこみ”

春になると、深みで越冬していたクロダイの浅場ヘの移動が始まる。私たち釣り人はこの回遊を”のっこみ”と呼びシーズン到来を楽しみにしている。考えてみると，それはクロダイも同じだ。クロダイにとって”のっこみ”とは越冬によって消耗した体力を回復するための摂餌回遊であり種の存続をかけた繁殖のための産卵回遊でもあるからだ。

さて”のっこみ”が始まると，それまで影を潜めていたクロダイが釣れるようになる。しかし残念なことにクロダイの産卵生態はあまり知られていないようである。以下にクロダイの産卵に関するクイズを出してみよう。記述で正しいものはどれであろうか。恐らく全間正解できる人は少ないかもしれない。

1.産卵の時間は早朝もしくは夕方である
2.卵は岩場追の藻に産み付けられる
3.産卵期間は1～2週間である
4.産み落とす卵の重さは自分の体重と同じになる
5.産卵期には食欲不振に陥り餌はあまり食ベない

先にも述ベたように，産卵はクロダイにとって子孫繁栄のための最大のイベントである。産卵期のクロダイを釣りすぎてしまうと資源は枯渇し釣りは楽しめない。そこでクロダイの産卵生態を理解していただきこれまで以上にクロダイに愛情をもって接してもらえることを願いつつ本章を書き進めてみたい。

クロダイの性と産卵

私がクロダイ釣りを始めたのは，釣り好きだった父親の影響だった。私も息子と釣りを楽しむ予定だった。ところが現在，4姉妹の父親となっている。釣り仲間から「5人目はきっと男の子だ!」と冷やかされているものの，”9回の裏2アウト満塁，押し出しフオアボールでサヨナラ負け”というシナリオが待っていそうである。ともあれ，本来，ヒトの男性と女性の比率は1対1の割合であり，性は遺伝子によって支配されている。性を決定するXY性染色体が精子に半々の割合で分配され，X染色体を持つ精子と卵が受精すると女の子が産まれ，Y染色体を持っ精子と卵が受精すると男の子が産まれる。
　
魚の性も遺伝的な影響を受けているが，それは絶対的ではない。産まれてまもない時期の水温コントロールや性ホルモン投与によって，本来1対1である性の比率は偏る。魚の性は遺伝的な要因だけでなく，飼育環境や性ホルモンによって実質的な性がコントロールできることは，私たちと異なる点である。さらに，私たちは産まれた時に授かった性は変わることがない。しかし魚では卵巣と精巣を持ち，オスとメスの機能を発揮できるものがいる。これを雌雄同体現象と呼ぶ。魚種2万5千種のうち，これまで350～400種で雌雄同体現象が観察されている。クロダイがその仲間なのだ。
　
ところで，クロダイの産卵盛期の最適水温は20℃前後である。ただし海域によって産卵開始時期に違いがあることを釣り人は実感しているであろう。例えば，冬でも暖かい海域の産卵は4～5月で，冬から春先の水温が10℃となる瀬戸内海での産卵は5～6月になる。それに，同じ海域でも，暖冬だとクロダイの産卵が早くなる。実は，クロダイの性成熟は1月くらいから始まるが成熟や産卵開始は冬季から春先までの水温の影響を強く受ける。そのため，産卵開始の水温は16～18℃と，多少の幅があるのだ。
　
実際，人工生産施設では冬から春先の親魚水槽の水温をコントロールして，都合の良い時期に卵を産ませている。クロダイの性成熟や産卵は水温によって支配されるので，自分の釣り場の冬から春の水温データを解析すれば，桜前線を予想するように産卵開始が予測可能なのだ。